●青空市場で闇売り・闇買い
敗戦後間もなく始った露店の闇市。今まで秘かに行われていた闇売り、闇買いが白日のもとで行われるようになった。
昭和21年1月頃の池袋では日々集散する露店商は800近く。1日商売の浮草商人が多く、ムシロを敷いて品物を並べただけの商い、ミカン箱や手製の台を置いた店、にわか造りの屋台が並んだ。
●露店闇市のマーケット化
池袋東口駅前に森田組東口マーケットが開設すると、1年余りの間に連鎖商店街は13カ所、商店は1200軒以上になった。
連鎖商店街が広がったのは、池袋駅が交通の要所であったこと、建設用地が広く(駅周辺が戦災で焼野原)あったこと、沿線に非戦災地域があって購買力のある地域が残っていたことが大きな要因。
●復興ささえ消えた闇市
東口のマーケット 駅前区画整理事業によって、昭和24年から移転準備が具体化。マーケットは取壊され新しく商店街が建ち始めた。昭和25-26年には解体・撤去が完了、東口のマーケットは姿を消した。
西口のマーケット 昭和25年から着手された計画が、昭和30年代に入って本格化。西口区画整理事業は、昭和36-37年で取り壊しが完了。長期にわたって存続した西口のマーケットも時代の流れに消えた。
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