| 更新日: |
|
|
私たちの街に大きな空襲があった
|
|
追悼会開催について 豊島区が昭和20年4月13日から14日にかけての城北大空襲のよって焼け野が原になってから はや61年になりました。
戦後に生まれた方々が もう還暦をむかえる年齢になっていることを思えば 私たち日本人にとって戦争の記憶は遠く過去のことのように思われがちですが 現在の私たちの生活はその戦争の傷痕の上に構築されているのです。そして戦争は未だにこの地球上に存在し続けています。 かっての日本 それもこの東京周辺についていうならば 連日の空襲と猛火に晒されており 多くの戦争犠牲者がこの根津山の地にも 埋められているのです。豊かな才能と大きな可能性に満ちあふれていたであろう子供たち その子供たちを抱えて絶望の果てに亡くなった母親 そんな妻や子のために戦場に出ていった父や兄。私たちはその現実をしっかりと受けとめなければなりません。 近年アメリカにおける戦争の機密文書が公開されるにおよび 当時の日本の状況がより明確になりました。昭和19年末から20年8月15日の終戦のその日まで B29爆撃機による空襲は連日連夜続けられ 広島や長崎に落された原爆よりも恐ろしい攻撃作戦が展開していたのです。どのような経緯があろうとも戦争は決してしてはならないのです。 戦後60年の節目の年 私たち「小さな追悼会」では追悼会十回目の総括として 皆さまの記憶を喚起し『戦争体験』の記録をとお願いいたしておりましたところ たくさんご寄稿をいただきました。ありがとうございます。記念文集をご披見いただきご感想などお聞かせ願えればと思います。 |
|
平成18年4月13日 代表 小田光野
|
|
皆さんとともに心に響くよい会にしていきたいと思っています。
追悼会へのご参加、ご協力、率直なご意見ご要望をお待ちしています。
【事務局】03-3971-4771 小田光野
|
無断転載はご遠慮下さい。 |